2-190-KN114

室生寺寶宝物殿の地蔵菩薩立像

BS-TBS「奈良ふしぎ旅図鑑」は先週の弥勒堂に続き2週連続で室生寺がテーマで今週は寺に伝わる仏像や曼荼羅などの貴重な文化財を収蔵し展示している寶物殿でした。2019年の落成ですから45年前に一度だけ室生寺を拝観しているぼくにとっては知らない場所になります。少しでもその内部が見られるのはありがたいことでした。
 展示の中でぼくの関心はやはり仏像です。金堂に安置されていた十一面観音菩薩立像、地蔵菩薩立像、そして十二神将像のうち6体、それから弥勒堂に安置されていた釈迦如来坐像が展示されています。全部で9体です。番組がこの仏像達を取り上げてくれるようなら
CMを含めて6分というとても短い番組だからきっと1体だけでそれならそれは可能性が高い順に十一面観音菩薩立像、釈迦如来坐像、十二神将像、地蔵菩薩立像となります。などと思っていたら、番組が取り上げていたのは仏像でした。予想が当たったんですね。いいえ、外れました。

 
まず寶物殿についてですがぼくはこれを建てた動機として金堂の混雑問題と弥勒堂の居候問題があったんだと思います。以前の金堂や弥勒堂にはどんな仏像が安置されていたのかというと、金堂は釈迦如来立像を中央に置き右に文殊菩薩立像その外側に十一面観音菩薩立像、左は薬師如来立像その外側に地蔵菩薩立像を置いてそれらの前には十二神将像のうち奈良博に寄託されている2体を除いた10体を並べていて、弥勒堂には本尊弥勒菩薩立像の左になぜそこ置いてあるのかをだれも知らないうえに元は薬師仏だろうと言われている釈迦如来坐像がありました。これをなんとか整理してスッキリさせたいと思えば収蔵庫を作って一部をそっちへ移すのが一番です。というのはぼくの勝手な想像ですが、寶物殿に移された仏像を見れば寶物殿にそういう目的あるいは意味はきっとあったはずだと思います。つまり金堂の諸仏からは左右の端にあって動かしやすい2体、十一面観音菩薩立像と地蔵菩薩立像、それと隙間なく並んでいる十二神将像の中から4体、都合6体を移し、弥勒堂からはどうしてここにあるのかわからない釈迦如来坐像を移して両方のお堂をスッキリさせたのだと思います。ただし寶物殿に移った十二神将(奈良博の寄託から戻った2体を加えて6体)は釈迦如来、十一面観音菩薩、地蔵菩薩の前に並べられたことで薬師如来の眷属という本来の役割を解任されてしまいただの展示品になっています。それとも釈迦如来坐像は元々薬師如来坐像であったということをなんとなくほのめかしているのだとしたら逆にこれはいいアイデアです。

 ところでBS-TBS「奈良ふしぎ旅図鑑」は奈良観光の導入番組だと前回の弥勒堂のなかで書きましたがその凄いところはマイナーな場所や物産も積極的に紹介しているところで、仏像に関して言えば初心者向けとは言えない中級以上の内容であることがよくあります。前回は軍荼利明王石仏が出てきました。だからうかうかできない番組なのです。

 というわけなので、寶物殿の仏像9体から今回番組に取り上げられた1体は地蔵菩薩立像でした。ぼくが一番選ばれそうにないと考えた仏像です。テーマは仏像でしたが予想は外れたんです。しかしそこがこの番組の真骨頂で地蔵菩薩立像を取り上げたことは中級以上の内容と言えます。どうして。
 この地蔵菩薩立像はどういう仏像なのか。檜の一木造りで彩色されていて平安初期に造られたいわゆる貞観仏ですが釣り合いの取れない大きな光背が目を惹きます。光背自体は地蔵菩薩像用の光背なのですがこの地蔵菩薩立像のために作られた光背ではなかったのです。

 ではこの光背の元の持ち主であるお地蔵さんはというとちゃんとわかっていて隣村(三本松中村)の安産寺というお寺の子安地蔵と呼ばれている地蔵菩薩立像でした。サイズが一致するからだと番組では言っていました。そして安産寺の地蔵菩薩立像は元々室生寺にあったものだとも言っていました。仏像を割と詳しく解説している仏教美術の本(集英社 日本古寺美術全集 第8巻 室生寺と南大和の寺)にもそう書いてあります。

 そこでこの安産寺の地蔵菩薩立像はどんな仏像なのかというと、番組では詳しい解説はなく写真だけの紹介でしたが、金堂の釈迦如来立像に作風が非常によく似ていて同じ工房の作だろうと言われています(日本古寺美術全集 第8巻)。

 ちなみに金堂の釈迦如来立像は鎌倉時代の檜の一木造りですが光背の図柄と十二神将像の存在から本来薬師如来立像として造られたことは明白です。また室生寺金堂の諸仏はすべて板光背と呼ばれる彫刻のない平板に美しく描かれた精緻な絵画のみで表現された光背を持ち室生寺の仏像の特徴になっています。

 最後に寶物殿の地蔵菩薩立像に関する素朴な疑問です。元々の光背はどうしたのか。また安産寺の地蔵菩薩立像についてはどうして光背は室生寺に置いてきたのか。そもそも室生寺の地蔵菩薩立像をなぜ安産寺へ移したのか。それらについてはよくわかっていないようです。番組では安産寺の地蔵菩薩立像は宇陀川を流れてきたのを村人が救い上げたという伝承が残っていると言っていました。ねっ、初心者向けの内容ではなかったでしょう。 2026年3月7日 虎本伸一(メキラ・シンエモン)




 ホーム 目次 前のページ

ご意見ご感想などをお聞かせください。メールはこちらへお寄せください。お待ちしています。